いま思う、自然派ワインのこと

「ビオ」は「方法」、「自然派」は「方向」

「野村ユニソンさんのワインは、全部ビオですか?」
普段、よく聞かれます。

「ビオワイン」や「オーガニックワイン」、そして「自然派ワイン」などなど。
定義が曖昧なだけに、それを語る人によって全く違う意味合いを含んでいます。

私が「自然派ワイン」という言葉を使い始めたのは、2000年でした。
なぜ「自然派」だったかというと、「ビオ」や「オーガニック」、「有機」という言葉を使いたくなかったからです。
もちろん、「自然派」がすべてを表す最も適切な言葉だとは思っていませんでした。
その時、日本の皆さんに伝えたい素晴らしい数人の生産者がいて、その頃評価の高かったワインとは、その味わいも造り手の考え方もまったく違っていました。 またその一人一人も、まるで違う考え方のまるで違うワインではありましたが、唯一の共通点と思われたのが、シンプルでピュアなワイン、そして農業も醸造も「自然な方向」へ進んでいるということでした。

「ビオ」ではなく「自然派」というのは、「方法論」ではなく「方向性」を表す言葉だったのです。

ブドウの栽培から醸造、瓶詰めまで。ワイン造りの長い工程の中で、「ビオ」は農業の「方法」を表す言葉です。 我々、販売をする側の人間にとっては、「有機」や「無添加」などの言葉が一番アピールし易いため、造り手それぞれの「考え」や「思い」よりも、売り文句を優先させてしまうのは、ある意味必然かもしれません。
しかし素晴らしいワインをつくっている人であればあるほど、自分がつくったワインを通して飲み手に伝えたいことは、「ビオ」や「無添加、また「マセラシオン カルボニック」などの「方法」ではないはずです。

「ビオロジック」よりも「ビオディナミ」のほうがより「自然派」であるとか、
このワインは少量でも亜硫酸が入っているから「自然派」ではないとか、

意味のない議論だと思いませんか?
大事な事はもっと他にあるのではないでしょうか。

ワインづくりの本質を真剣に突き詰めていく「人」が何を考え、何をして、どんなワインをつくっているのか。
そういう情報を、これからも日本の皆様に伝える事が出来ればと思っています。

これからも「自然派」なのか

「自然派」という言葉にも、多くの問題があると思います。
日本のワイン市場の中で「自然派」がある意味ブームとなってしまった今、売り文句としての「自然派」が前に出てしまい、「自然派」探しになってしまっています。 言葉が何であれ、ひと括りにしてしまう事によって、各造り手の意志や個性が尊重されず、良いものも悪いものもまとめて「自然派」が是か非かという議論になってしまいます。 そして、我々が情報を求めて行く中で、2000年当時はある程度対応出来る(枠に収まる)と 思っていた、「自然派」という言葉でも、もう捕えきれなくなっています。

これからは、そういうカテゴリーを越えた柔軟な情報収集が必要になってくると同時に、造り手の「想い」が詰ったワインを最良の状態で流通させ、最良の状態で消費者の皆様にお届けする事が我々の責任であると考え、頑張って行きたいと思います。

今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。

text by Hiroyuki Hagino